2014年8月5日星期二

美浜原発死傷大事故から10年 その後の対策は―現状を追う

2004年8月9日。11人もの作業員が死傷する重大事故が関西電力美浜原発で起きた。今、その事故から丸10年を迎えようとしている。事故の教訓や風化防止策、安全規制は―。現状を追う。  事故は運転中の3号機のタービン建屋内で起こった。2次系の復水配管が破裂。放射能は含んでいないが約140度の蒸気と熱水約885トンが噴出し、定期検査の準備作業をしていた協力会社の社員5人が死亡、6人が負傷した。  現場の配管はベロっとめくれ、関電として想像もしていなかった大事故。「チェックミスから大変なことが起きてしまった。どんな些細(ささい)なことも安全最優先に進めなければならない」。当時発電室長だった美浜原発の藤原健二所長は、重い教訓を10年たった今も胸に刻んでいる。    ■  ■  ■  破裂した配管は運転開始以来28年間、点検リストから漏れ、水流や腐食により配管が薄くなる減肉を見落としていたのが事故の原因。関電は少なくとも事故の約1カ月前、大飯1号機の配管の減肉発覚をきっかけに、美浜の当該配管が未点検であることを認識していたが、点検は次回定検まで先送りしていた。  国の事故調査委員会は最終報告書で、関電の下請けなどへの管理外注や不適切な保守管理を批判し「安全文化の綻(ほころ)び」と指弾した。  県原子力安全専門委員会で事故を検証した中川英之委員長は「危険性があったら運転を止めてでも、きちんと直すというのが基本。関電の体質が安全文化に対し非常に脆弱(ぜいじゃく)だった」と振り返る。  関電は事故後、安全最優先を掲げ、2次系配管の肉厚管理改善や保守管理体制の強化など29項目の再発防止策をつくり、安全文化の醸成に取り組んできた。そして全項目のルール化が完了し、日常業務で改善していく段階に入った11年3月、原発の安全性を根本から揺るがす東京電力福島第1原発事故が起きた。    ■  ■  ■  福島事故では、津波による全電源喪失が東電内で現実的な危機として共有されていなかった。安全軽視の組織風土は美浜の事故とも共通する。  福島の教訓を踏まえ関電は6月に、安全向上対策を打ち出している。美浜の事故後に保守管理体制を強化してきたが、加えて放射能の放出リスクを最上位に位置付け、リスク管理や事故対応能力を向上させる内容だ。  対策の中心組織として原子力事業本部内に原子力安全部門を新設。同部門統括の鈴木聡・副事業本部長は「安全文化は潜在的リスクの芽をいかに摘み取るかが重要」とし、海外知見の収集強化やリスク発見のための現場作業員の意識付けを強調する。  県専門委の中川委員長は「福島事故後、過酷事故対策などさまざまな訓練を行っているが、美浜の教訓である2次系の保守管理体制も緩まないよう、現場で責任体制をしっかり維持する必要がある」と指摘した。 hamilton ブッテロ seiko usa nixon リー マンハッタンポーテージ briefing スラッシャー north トリッカーズ クレドラン プロテカ tough slow vans skate チャッカブーツ

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